第三章 欲望の守護天使【ゴッドハンド】 2
彼らを含め、この赤い荒野にいる者たちは、皆同じ人物のほうを向いていた。黒い剣士【ガッツ】である。
ガッツ『…ここは、あぁ、またこの鎧に呑み込まれてしまったみてぇだな。』
これでおそらく三度目だろう。またしても鎧に頼ってしまったようだ。一応のところ、正気は取り戻したようではあるが、果たしてどうやって元の精神状態に戻ることが出来たのか。彼にとっては不思議な話であった。
辻谷「どうやら、元に戻ったようですね。あれだけ強烈な一撃をかませば、この【神木刀】でなくとも起き上がりそうではあるけどね。」
ガッツの正面に立っているのは、白く光り輝く木刀を持った、辻谷広行その人であった。どうやら、あれで自分を正気に戻したらしい。
辻谷「まぁ、司馬仲さんによると元々は魔女のお嬢ちゃんの力を借りるのが一番らしいが、今はこうするしかないってわけだ。」
車の外で話を聞いている辻谷とガッツ以外の面々は、どうやら事前に話を聞かされていたらしく、それは実際に観光名所に来て本物を見た旅行客のようなリアクションを取る様子からも見て取れた。
アタランテ「ふむふむ、成程成程。いうは易し、やるは難し【かたし】だが、本当にやってのけるとはなぁ。」
辻谷「いやいや。ガッツが正気を失ってこっちに襲い掛かってきたから、言われたとおり、咄嗟にやってみただけなんだけどね。いやはや、一時はどーなるかと思ったよ。」
謙遜する彼に対し、関心して見つめる男が二人いた。格闘家である【陸奥】と【李】の二人だ。
陸奥「そういや、俺のご先祖さんは示現流の開祖と対戦したことがあるらしいが、この目で見ると凄まじくておっかねぁな。そう思わないかい、八極拳のおじさん。」
李「阿阿阿、そうだな。だが、俺と同じことを考えていたんじゃ無いか?千年不敗の技を受け継ぐ少年よ。」
こりゃ同類だな、と素直な感想を陸奥は抱いた。確かに、敵なら実際に戦ってみたいものの、今はそう言った時期ではないことは、彼ら自身よく知っていた。
そのことを一番感じ取っていたのは、ガッツ自身である。頭を触ると、髪が少しへこんでいる所があることに気づいたからだ。
ガッツ「成程、こりゃあ大した玉だな。あの兄ちゃん。」
ガッツは、目の前でおどけている彼を見ると、少し気が緩んだのか、わずかながらも笑みがこぼれていたのであった。
そういえば、あの首なしの騎士はどうしたのだろうか。恐らく、自分が倒したのだろうということはなんとなく分かるが、それならこの赤い荒野はもうなくなっていいはずではないのか?
ガッツ「おい、そこの兄ちゃんたち。この荒野は元に戻ってねぇみたいだがどうしてか分からねぇか?」
辻谷「分からん!!」
彼は大声ですぐさま返答した。…何故だろうか、彼は相当呆れてしまった。これが本当に自分に一撃かました男なのか?こんなタイプの武人ははっきり言って始めて見る。これが素直な反応であった。